映画「国宝」に影響を受けて
「今度は歌舞伎を」となり、
またまたワンセルフ仲間と
36度越えの昨日、いざ歌舞伎座へ。


実は当初は
「涼しくなったら」と言っていたのだけど、
「歌舞伎、ビギナー」と検索したら
「納涼歌舞伎」なるものを発見。
8月はわかりやすい演目をオールスターで、
というように初心者にはよい月と知り、
暑いけどスケジュールをすり合わせて。

歌舞伎は社会科見学で観たのと、
昔お取引先から団十郎さんの
渋谷での単独の公演を誘ってもらった、
というだけでほぼ初。
(↓手前右が私。
左のまどりんに無理な自撮りをお願いして。
奥のくまこさんは松竹会員なので
チケット手配をして頂いた。感謝)
また行きた~い!

この感激をなんと書こうかと思っていたら
またまた糸井さんが今日のほぼ日に
「思い出」が降り積もっている。

昨日はそんな色んな思い出が
そこかしこに散らばる1日だった。
ランチからして、せっかくだからと、
歌舞伎座すぐ横で楽屋にも出前するという、
老舗シチュー専門店を予約。
鑑賞前のよきプロローグ時間が流れた。


静かで涼しい部屋で滝汗で
シチューを頂き、おしゃべりも楽しみ、
シャーベットがついていることに
少女のように喜びあったり。


「今度は歌舞伎を」となり、
またまたワンセルフ仲間と
36度越えの昨日、いざ歌舞伎座へ。


実は当初は
「涼しくなったら」と言っていたのだけど、
「歌舞伎、ビギナー」と検索したら
「納涼歌舞伎」なるものを発見。
8月はわかりやすい演目をオールスターで、
というように初心者にはよい月と知り、
暑いけどスケジュールをすり合わせて。

歌舞伎は社会科見学で観たのと、
昔お取引先から団十郎さんの
渋谷での単独の公演を誘ってもらった、
というだけでほぼ初。
(↓手前右が私。
左のまどりんに無理な自撮りをお願いして。
奥のくまこさんは松竹会員なので
チケット手配をして頂いた。感謝)
また行きた~い!

この感激をなんと書こうかと思っていたら
またまた糸井さんが今日のほぼ日に
↓
毎日には、
その日だけ一回だけの毎日には、
「思い出」が降り積もっている。
と書いていらして「その通り!」と。
締めの一文には
こんなふうないろいろの「思い出」がワタシをつくる。
締めの一文には
こんなふうないろいろの「思い出」がワタシをつくる。

昨日はそんな色んな思い出が
そこかしこに散らばる1日だった。
ランチからして、せっかくだからと、
歌舞伎座すぐ横で楽屋にも出前するという、
老舗シチュー専門店を予約。
鑑賞前のよきプロローグ時間が流れた。


静かで涼しい部屋で滝汗で
シチューを頂き、おしゃべりも楽しみ、
シャーベットがついていることに
少女のように喜びあったり。


こんなことはそのときだけの
「思い出」だからこそ、
「思い出」だからこそ、
「思い出」もあった。
それは前日にふと父の遺品の中に
オペラグラスがあったことを思い出し、
大分探して引っ張り出したこと。
レンズはちょっと曇っていたし
少々重かったがバッグに忍ばせた。

結果的にこのオペラグラスが大活躍。
当たり前だけど(苦笑)、
細かいところまでよ~く見えるのだ。
着物の刺繍の盛り上がり方、
ラインストーンの色や大きさ、
役者さん達の細かい表情と
AIかと見まごうほどの動きが揃う技巧、
踊りの切れとしなやかさ等など、
すべてが目の前に広がるのだった。

特に第二部の創作歌舞伎「火の鳥」は
見事な舞台美術、
国籍不明の凝りまくった衣装の数々は
やはりオペラグラスを覗くからこそ。
なんだかウォークマンを初めて
耳に入れた時と同じような鮮烈な体験に。
玉三郎さんの手の甲は沁み一つなく、
透明のマニキュアをなさっていて、
鍛えぬいたお体と
凛とした姿勢のまま宙づりになる姿は
まさに火の鳥だった。

期待しないで持参したこの小さな器具を
帰宅してじっくり見ると
「Wesr Germany」と刻まれていた。
つまり東西にドイツが
分かれていた時代のものでは?

メーカー名は「ZEISS」と。
検索すると「ツァイス」という
ドイツの老舗レンズメーカーだった。
それは前日にふと父の遺品の中に
オペラグラスがあったことを思い出し、
大分探して引っ張り出したこと。
レンズはちょっと曇っていたし
少々重かったがバッグに忍ばせた。

結果的にこのオペラグラスが大活躍。
当たり前だけど(苦笑)、
細かいところまでよ~く見えるのだ。
着物の刺繍の盛り上がり方、
ラインストーンの色や大きさ、
役者さん達の細かい表情と
AIかと見まごうほどの動きが揃う技巧、
踊りの切れとしなやかさ等など、
すべてが目の前に広がるのだった。

特に第二部の創作歌舞伎「火の鳥」は
見事な舞台美術、
国籍不明の凝りまくった衣装の数々は
やはりオペラグラスを覗くからこそ。
なんだかウォークマンを初めて
耳に入れた時と同じような鮮烈な体験に。
玉三郎さんの手の甲は沁み一つなく、
透明のマニキュアをなさっていて、
鍛えぬいたお体と
凛とした姿勢のまま宙づりになる姿は
まさに火の鳥だった。

期待しないで持参したこの小さな器具を
帰宅してじっくり見ると
「Wesr Germany」と刻まれていた。
つまり東西にドイツが
分かれていた時代のものでは?

メーカー名は「ZEISS」と。
検索すると「ツァイス」という
ドイツの老舗レンズメーカーだった。





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