邱永漢さんへ糸井重里さんがインタビューした
『お金をちゃんと考えることから
逃げまわっていたぼくらへ』の中に、
↓
『お金をちゃんと考えることから
逃げまわっていたぼくらへ』の中に、
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「四十にして惑わず」というのは、
四十になったら惑わなくなる
ということじゃないんです。
四十になったら惑わなくなる
ということじゃないんです。
四十になったら、
惑うのは年のせいじゃないことが
わかるということなんですよ。
という一文があってすごく納得。

自分は四十どころか、
もうすぐ七十になろうとしているのに
グラグラしどおしなので。
もうすぐ七十になろうとしているのに
グラグラしどおしなので。

その一つが同窓会とか同期会の案内があると
「やだなぁ」と思うこと。
だから何十年も顔を出したことがない。

クラス会はなぜか平気で、
幹事の補佐役までかって出るのだけど。
(おそらく少人数だし気心しれた人が集まるから)
ついに今年の春は毎年開催されている
大規模な高校の同窓会での高3当時の
クラスのリーダー役をしてもらえないか?、
という連絡をもらってしまった。
勿論(?)なんとか理由を作ってお断りを。

最近ある二つのドラマを見ていて、
その嫌な根本原因がわかってしまったので
書いておこうと思って。
というか薄々わかっていたのだけど・・・。
それは、、、、
多くの人が集まると、
配偶者のこと、子供のこと、
そしてここ数年は孫のことを人々は話すから。
仕事としてこういう話を聴くのは
仕事だから出来るし、
付き合いの長い人の話なら平気どころか、
興味もあって楽しいのだが、
大勢の集まりでこういう話に花が咲くと、
勿論話している人には悪気がないことはわかるし、
私は私で自分のこの人生に
普段は十分満足して暮らしているのだけど、
束になってこういう話が湧きだすと、
ふいに自分はどこにも属していない、
まるで寄るべがない子供のような気持ちになる。
まるで寄るべがない子供のような気持ちになる。
こんなことに思い至ったたせいか、
いくつになっても、
私の中にいる「子供の私」はそのままだ。

ちなみにある二つのドラマとは
いずれもNHKで放映中の
「ひとりでしにたい」と「照子と瑠衣」。
これに関しては長くなりそうなのでまたいつか。
【補記】
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「大谷翔平さんは、
あんなに練習しているけど、
「大谷翔平さんは、
あんなに練習しているけど、
ちっともイヤそうにしてない、
ということを応用して普通の人にも出来ること」
バックナンバーは無いので下記(2)のHPで
ということを応用して普通の人にも出来ること」
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