やっぱり戻って来た暑さ。
でも熊本の方達のことを思うと・・・。
(↓駅前で「撮影OK」と記してあった巨大な造花)

先週ブログを書き終えたら
熊本の地震のニュースが入り、
その後は現地の酷暑、断水、
停電、復旧の遅れの報道が連日。
明日は我が身、
代わって頂いている苦難。
そんなふうに感じる一週間。
~~~~~★~~~~~
数日前にEテレで
「広島のクリームぜんさい」を扱っていた。
(ブログ内のかき氷の画像は
全て番組を観ながら撮ったもの)
子供の頃、夏休みをずっと過ごした
呉のおばあちゃん(父方の祖父母)ちの前の
店から出前してもらっていたのは
この形状のかき氷だった。
(↓練乳が入っているように見えるけど、
独特の冷凍とかき混ぜの繰り返しで
クリーミーさを出す広島の一部地域で伝わるかき氷)

このスタイルは「お目にかかれないなぁ」
と思っていたら
広島特有のものだそう。
知らなかったなぁ。
最近広島のことを扱う番組が多いと思っていたら
昨日8月6日は
広島原爆の日だった。
母方の祖母は
このピカドンの光を浴びて亡くなったので
母が生きていた頃の
この日は我が家では特別な日だった。
戦後81年、母が亡くなって8年。
私にとって段々遠くなる原爆の日だけど、
当時小学校5年生だった母は
この8月6日の朝8時15分を大事にしていて
この時間になると仏壇に座るのが
我が家のささやかだけど
年に一度の反戦習慣だった。
そして8月6日が近づくと
母は繰り返しする話がいくつかあったので、
忘れないようにと思っての今日のブログ。
それは
↓
「あの日は朝からすごく暑かった」
「市内に商売の買いつけに行く
お母さんに付いていくはずが
グズグズしていて置いて行かれた」
「すごい光がこの西条(今は東広島市)でも
『見えた』と近所の人達が言っとった」
「お姉ちゃん達と汽車の時間に合わせて
交代で駅に迎えに何度も行ったけど
帰ってこなかった」
「4日か5日して妖怪のようになって戻ってきた」
「何日か唸って寝こんどったけど
『アンタはみんほうがええ』
と周りに言われ、そのうち死んでもうた」
「原爆にやられたことを役所に届けたんかなぁ。
記念碑に名前が刻まれているんかねぇ。
市からも県からもなんも来ん・・・」
「でもあれがなかったら、
馬鹿な陸軍どもは
(造船業の広島なので偏った海軍贔屓)は
どうやってあの戦争を終わらせたんじゃろ?」
こうしたことを若い時は
「何度も聞いたよ」と受け流していたけど、
今は「もっと色々と聞き出しておけば」と。
この原爆で亡くなった祖母の旦那である祖父
(母にとっては父)は
いわゆるの髪結いの亭主
(実際は何でも屋のような酒屋)状態で、
風流人を気取って俳句の会には顔を出すけど、
店にも仕入れにもほぼ顔を出さずで、
ピカドンを機に酒の量が一気に増え、
(おそらく闇酒?)
戦後から数年後の母が高校生の時に
脳溢血(?)で亡くなったそう。
(↓焼け野原の広島を元気づけようということで、
作ったという元祖「クリームぜんざい」
の広島市内の甘味屋さん。
呉のおばあちゃんちのまん前の店もこんな感じだった)

そんな祖母の孫である私はというと、
昨日はぶり返して来た暑さに
辟易としながら洗濯を干していて
仏壇に向かうのが投下時刻を少し過ぎてしまい、
そのことが心のシミになって日が暮れた。

夜に洗い物をしながら聞いたFMで
武田真一さんが
「この時間、81年前の広島は
どんなだったんでしょう?」
と言っていたのが胸に刺さった。
確かに投下の朝より夜のこの時間のほうが
暗い瓦礫の焦土の中、
家族が戻ってこなかったり、
全身火傷で路傍で悶えていたり、
家や会社が吹っ飛んでいたりで、
もっと凄惨な状況と慟哭の時間だっただろう。
長引く戦禍のもとでも
なんとかつつましく営まれていた日常が
一瞬で奪われた1945年8月6日だ。

何人(なんぴと)にも、
誰かのこれまでと、今と、
未来を奪う権利はない。
そんな当たり前のことを理解できない
輩(やから)を
国のトップに据えたことで起きた悲劇。
そしてそれは体裁を変え、
今もなお続いているのでは?
今年の防衛白書の表紙の
脳天気さに騙されてはいけない。

じゃ、どうしたらいいのか?
わからない。。。。
でもわからないながらも思うことは
「安心して暮らせる」ことが
統治国家としての土台じゃないか!
その部分を犯そうとするものは、
「この星から永久追放する!」
という地球人としての金科玉条が
制定される日が来ますように。
(↓セミがあんまり鳴かない今年の夏。
初めて今朝発見した抜け殻)

あるいは発射した爆弾の軌道を
瞬時にAIが解析して元の場所に差し戻す
光線(のようなもの?)が開発されますように。
これが出来れば発射したほうが
痛い目を見るのだから。
(↑我ながらナイスアイデアと思うんだけど)
でも熊本の方達のことを思うと・・・。
(↓駅前で「撮影OK」と記してあった巨大な造花)

先週ブログを書き終えたら
熊本の地震のニュースが入り、
その後は現地の酷暑、断水、
停電、復旧の遅れの報道が連日。
明日は我が身、
代わって頂いている苦難。
そんなふうに感じる一週間。
~~~~~★~~~~~
数日前にEテレで
「広島のクリームぜんさい」を扱っていた。
(ブログ内のかき氷の画像は
全て番組を観ながら撮ったもの)
子供の頃、夏休みをずっと過ごした
呉のおばあちゃん(父方の祖父母)ちの前の
店から出前してもらっていたのは
この形状のかき氷だった。
(↓練乳が入っているように見えるけど、
独特の冷凍とかき混ぜの繰り返しで
クリーミーさを出す広島の一部地域で伝わるかき氷)

このスタイルは「お目にかかれないなぁ」
と思っていたら
広島特有のものだそう。
知らなかったなぁ。
最近広島のことを扱う番組が多いと思っていたら
昨日8月6日は
広島原爆の日だった。
母方の祖母は
このピカドンの光を浴びて亡くなったので
母が生きていた頃の
この日は我が家では特別な日だった。
戦後81年、母が亡くなって8年。
私にとって段々遠くなる原爆の日だけど、
当時小学校5年生だった母は
この8月6日の朝8時15分を大事にしていて
この時間になると仏壇に座るのが
我が家のささやかだけど
年に一度の反戦習慣だった。
そして8月6日が近づくと
母は繰り返しする話がいくつかあったので、
忘れないようにと思っての今日のブログ。
それは
↓
「あの日は朝からすごく暑かった」
「市内に商売の買いつけに行く
お母さんに付いていくはずが
グズグズしていて置いて行かれた」
「すごい光がこの西条(今は東広島市)でも
『見えた』と近所の人達が言っとった」
「お姉ちゃん達と汽車の時間に合わせて
交代で駅に迎えに何度も行ったけど
帰ってこなかった」
「4日か5日して妖怪のようになって戻ってきた」
「何日か唸って寝こんどったけど
『アンタはみんほうがええ』
と周りに言われ、そのうち死んでもうた」
「原爆にやられたことを役所に届けたんかなぁ。
記念碑に名前が刻まれているんかねぇ。
市からも県からもなんも来ん・・・」
「でもあれがなかったら、
馬鹿な陸軍どもは
(造船業の広島なので偏った海軍贔屓)は
どうやってあの戦争を終わらせたんじゃろ?」
こうしたことを若い時は
「何度も聞いたよ」と受け流していたけど、
今は「もっと色々と聞き出しておけば」と。
この原爆で亡くなった祖母の旦那である祖父
(母にとっては父)は
いわゆるの髪結いの亭主
(実際は何でも屋のような酒屋)状態で、
風流人を気取って俳句の会には顔を出すけど、
店にも仕入れにもほぼ顔を出さずで、
ピカドンを機に酒の量が一気に増え、
(おそらく闇酒?)
戦後から数年後の母が高校生の時に
脳溢血(?)で亡くなったそう。
(↓焼け野原の広島を元気づけようということで、
作ったという元祖「クリームぜんざい」
の広島市内の甘味屋さん。
呉のおばあちゃんちのまん前の店もこんな感じだった)

そんな祖母の孫である私はというと、
昨日はぶり返して来た暑さに
辟易としながら洗濯を干していて
仏壇に向かうのが投下時刻を少し過ぎてしまい、
そのことが心のシミになって日が暮れた。

夜に洗い物をしながら聞いたFMで
武田真一さんが
「この時間、81年前の広島は
どんなだったんでしょう?」
と言っていたのが胸に刺さった。
確かに投下の朝より夜のこの時間のほうが
暗い瓦礫の焦土の中、
家族が戻ってこなかったり、
全身火傷で路傍で悶えていたり、
家や会社が吹っ飛んでいたりで、
もっと凄惨な状況と慟哭の時間だっただろう。
長引く戦禍のもとでも
なんとかつつましく営まれていた日常が
一瞬で奪われた1945年8月6日だ。

何人(なんぴと)にも、
誰かのこれまでと、今と、
未来を奪う権利はない。
そんな当たり前のことを理解できない
輩(やから)を
国のトップに据えたことで起きた悲劇。
そしてそれは体裁を変え、
今もなお続いているのでは?
今年の防衛白書の表紙の
脳天気さに騙されてはいけない。

じゃ、どうしたらいいのか?
わからない。。。。
でもわからないながらも思うことは
「安心して暮らせる」ことが
統治国家としての土台じゃないか!
その部分を犯そうとするものは、
「この星から永久追放する!」
という地球人としての金科玉条が
制定される日が来ますように。
(↓セミがあんまり鳴かない今年の夏。
初めて今朝発見した抜け殻)

あるいは発射した爆弾の軌道を
瞬時にAIが解析して元の場所に差し戻す
光線(のようなもの?)が開発されますように。
これが出来れば発射したほうが
痛い目を見るのだから。
(↑我ながらナイスアイデアと思うんだけど)
【補記】
(1)8/1付でHP更新→
(↑2025年の秋にHPのURLが変わりました)
(2)毎月1日配信の一言メルマガ
(2)毎月1日配信の一言メルマガ
『ONEパラダイム』を8/1発行
今月号は「その話、何人登場?」
↑
話が長くて
何を言っているかわからない人の
特徴はこれ
バックナンバーは無いのですが
↑
話が長くて
何を言っているかわからない人の
特徴はこれ
バックナンバーは無いのですが
(1)のHPでその月だけ確認いただけます。
読者登録は→
(3)認定トレーナーの開講日程 を7/27付で更新
(3)認定トレーナーの開講日程 を7/27付で更新
→
(4)この内容とはまた違う観点で綴る
アメブロ「ワンセルフカードの広場」
→
(5)古い個人ブログはmixiで読めます。
ご興味あったら→
ご興味あったら→
コメント