昨日の糸井さんの
「希望を希望する。」
というほぼ日コラムは
「母の日」が近づいて
プチ鬱(?)になっていた私への
メッセージのように思えて何回も読んだ。

抜粋すると、

毎日、ひっきりなしに
さまざまなニュースが伝わってくる。
そのうちのとても多くは、よくないことだ。

あれれ、希望というものが、
ぜんぜん見えてこないぞ、と。

そこで、気づいてしまったのだ。
伝わってくること
知ること
考えさせられることのなかに、
希望につながるようなことが、
こんなに少なかったのか。

じゃ、かつてはもっと希望があったのか
と問われれば、
そうだなぁ、
昔から希望は見つけにくかったかな。

ただ、なにかを
一所懸命にやっている中学生とか、
希望を持ってそうな人を見ると、
そこには希望はあったね。

そうか、希望を持ってる人が、
希望なのかもしれない。

(抜粋は以上)

「希望を持っている人が希望」
そのとおりだ。

きれいな花を見て頬がゆるむのも、
→ こちら
大谷選手の活躍を本気で応援するのも、
きっとそういうことなんだろう。

「希望」が希少な世界で、
「希望を感じる」モノや人は「光」だ。

20260504_123359

私が最近希望を感じた出来事は
時々やってくる駅前の
レンタルスペースの
女性二人(母娘?)のケーキ屋さん。
→ こちら

20260504_114125(1)

どれもとっても美味しいのは言うまでもないけれど、
プラス暖かい接客で応対してくれるので、
もうこれは寄付だと思って色々買ってしまう。
(って、ささやかだけど)

20260504_114121(1)

私のように感じる人は多いようで、
ひっきりなしに小さな店に人が入ってくる。
ついに隣の八百屋さんは
(八百屋なのに)「応援したくて」と
ここのお菓子を出店期間が過ぎても
最近は自分の店先に置いてしまったほど。
だからこの八百屋さんも希望の人だ。
→ こちら

20260504_114206(1)

もう一つは友達から
旅行のお土産と手作りの品が
地味な私の連休に
光を灯すように届いたこと。


20260503_094601(1)

道内を巡る壮大なる旅行の中で
手間だったろうに
行く先々で選んでくれていたり、
完全手作りの醤油やその搾りかすは
丁寧にその使い方を書いてくれていた。
その一つ一つがありがて~!!

20260503_094934(1)


そうしていたらラジオで
こんな詩が紹介されていた。


掌にうける
早春の 
陽ざしほどの生甲斐でも
ひとは生きられる

素朴な
微風のように
私は生きたいと願う

 ~伊藤桂一 詩「微風」より~


20260503_094800(1)

(↑↓ルタオ本店の限定品だそうで、うまし!)

20260503_121344

今の私は大きな栄光や、
とびきりの希望を望む気持ちは、
いつの間にかなくなった。


(↓小樽のワインで宅飲みのGWだったのだ~:笑)

20260503_211416

その代わりに今日書いたような
誰かが作ってくれた美味しいものを
ちょこっと食べたり、
思いがけず出会う人のまごころとか、
(さっきアメブロに書いたように→ こちら
庭のオオデマリを眺めたり、
5月の陽ざしを浴びながら
買い物に行ったり。

o1080081015780099099

そうしたことが
生き甲斐だし日々を生きる希望だ。

(↓彼女の手作り醤油とその搾りかすで
  納豆キムチパスタをしたら絶品だった)

20260504_144329

そんなふうに思える、
今の自分と暮らしの日々を
気に入っている。


【補記】
(1)本日のアメブロに書いたように
   2026年5/16.17(土日)は
愛知にて出張講座→ こちら
  
(2)5/1付でHP更新→ こちら
   (↑2025年の秋にHPのURLが変わりました)

(3)認定トレーナーの開講日程 を4/27付で更新
   → こちら 

(4)この内容とはまた違う観点で綴る
   アメブロ「ワンセルフカードの広場」
   → こちら

(5)古い個人ブログはmixiで読めます。
   ご興味あったら
 こちら