暮らし。
この言葉がこのところ、気になっている。
(↑ゲリラ雷雨に備えて購入した長靴。
一応フランス製で一目惚れ)
始まりは先月の終りにたまたま見た番組で
→ こちら
「何気ない暮らしを撮影する」
というのをやっていた。
出演のお若く可愛らしい写真家は
「何気ない【暮らし】をカメラで切り取ることで、
日常写真はただの記録ではなく、
自分の時間と向き合うきっかけになる」
というようなことを仰っていて、
思わずメモメモ。
また
「朝の光や身近な風景に目を向けることで、
見過ごしていた美しさや感情に気づける」とも。
それ以外にも「無料でこんなに~」
というほど味わい深い写真を撮るコツを
教えてくれていて、見れてラッキーだった。
今日のブログ画像はそれを一応意識して。
とはいえテレビを見ただけでは
撮影技術はすぐにはあんまり変わらないね。
(苦笑)。
(↓北向きだけど途切れず何かが咲く庭の花は
いつも一輪挿しに)
(↓友達の旅行のお土産。豆好きとしては嬉しい限り)
二つ目は前回のブログに書いたように
→ こちら
日曜に行ったデパート催事の名前に
【暮らし】がついていた。
(銀座・暮らしの商店街)
行ってきてから物欲がムクムクと上昇し、
食器や普段着を整えたくなって、
ちょっと困っているけど。
(↓毎年頂く仙台のトマトが昨日到着。堅さと甘さが絶品)
とどめは昨日のほぼ日の
糸井重里さんの冒頭コラム。
テーマが「人間とAIの違い」についてで、
彼はそれを「【暮らし】があるかないかだ」
と記していてすごく合点がいった。
(↓頂いたトマトを早速昨日のお昼に。
作り置きの新玉ねぎマリネとあえて)

AIの弱点については、
この前アメブロのほうに紹介したように
→ こちら
演出家の野田秀樹さんは
東大の入学式に「身体性」で語っていて、
それはそれで名祝辞と思っていたのだけど、
糸井さんの切り口もさすが!
その一部は
↓
(AIは)
用のあるときに用をするだけで、
いろんなものを食べたり、
むだなことをおしゃべりしたり、
ぶらぶら歩いたり、
ちょっとだれかに話しかけられたり、
なんか食べてうまいなと
感じたり感じなかったり、
片思いしたりだれかに好かれたり、
トイレに立ったり、
おもしろくもないテレビを
ずっと見てたりはしない。
そういう情報として
あいまいな「暮らし」をしないし、
「暮らし」によって起こる
偶然にも出合わないし、
そういう偶然によって
変わり続けることもない。
逆に、人間は「暮らし」という
偶然の海を泳いでいる。
この先、色んなことをAIのほうが
上手に早くやるようにもっとなっていくだろう。
けれど人間の営む「暮らし」は、
やっぱり私たちだけの特典だ。
それはこれからもそうであり続けるだろう。
そういう意味で
「日々の暮らしのありがたさ」を
いつも以上にひしひしと感じるここ数日。
(↓バレンタインの季節に買った
ウィスキー入りチョコ。
差し上げる方とのアポが流れてしまい、
最近自分用に開封)
【補記】
(2)認定トレーナーの開講日程 を3/26付で更新
ご興味あったら→
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