「今年の桃の節句は
 皆既月食が重なったけど雨でしたわねぇ」
「こういう特別な観測日って、  
 東京はたいていお天気が悪いなぁ」
「次の月食は2029年ですってよ。
 その年も私ら飾ってもらえるといいですわねぇ」

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ひな祭りから2日間雨が続き、
昨日やっと仕舞うことに。
その前にちょっと風を当ておこううとしたら、
こんな角度になったので妄想をし、
来年までとお別れを。

~~~~~★~~~~~

2月はありがたい頂き物が続いた。

一つは仙台の贈りんぼから色々。
今回も私が知らないものや
新商品を見つけて送ってくれた。
まるで福袋や~!



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そして毎年のように
ある卒業生が送って下さる宮崎の金柑。
「天候不順で、、、」と送り主は心配していたけど
なんのなんの今年も立派な冬の太陽。



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奈良に住む友達からは
自家製の本格的なパンがどど~ん。
底にはどっしりした奈良漬けも入っていた。
「ハード系のパン屋がこの町は
 出来ては潰れ、出来ては潰れ・・・」とか
「無類の奈良漬け好き」
と催促しているかのように
何度か話してきたので時々送ってくれる。
でも中学からの付き合いだから、
遠慮なし状態で頂く。



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それぞれにお礼を送ると、
3人共、同じようなことを返信してくる。

それは
「送りたいから送っているだけ!」


ところで『承認欲求』という、
カウンセリング用語がある。
これはあまりよい意味で使われないことが多い。
更に最近のSNSの世界ではひどい悪役扱いだ。

けれど『承認欲求』って、
人間が小さい時から持っている素直で、普通で、
原始的な願望の一つ。

だから本当は良いとか悪いではない、
と私は思っている。
(過度の「かまってちゃん」は別だけど)

誰だって認めてもらえたら嬉しいし、
褒めてもらえたら嬉しいのだ。

だから「それさえ
(「美味しかったよ」とか「重宝した」とか)
あれば、他は不要!」
と言えることは私には清々しく感じるし、
そう言い合える関係は貴重だと思っている。

でももちろん先ずは「自己承認」。
そしてその上に
「他者承認」が乗っかってこそ、
人は安心するし、喜びが増すのだ。

社会的動物である私達にとって
「自己承認(自己評価)」と
「他者承認(他己評価)」は
合わせ鏡みたいなもの。

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「喜んでもらえる」と思うものを送ることと、
芸術家が作品を作って
それが高く評価されることは同じ分野なのだ。
(ゴッホを見よ。
 生前は弟からしか認めてもらえず不遇だった)

そしてこうして独り言みたいなブログを更新して、
誰かに読んでもらおうとしていることも
やっぱり承認欲求なのだ。

大事なことは、
これらはよく生きるための
『手立て』だということ。

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だから自分がこうして書くことも、
友達が何かを送ってくれることも
とっても大切なものとして
今後も扱っていきたい。


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